精神疾患の生物心理社会モデルについて:生物学的要因と心理的要因を総合的に捉える視点
【はじめに】
「気持ちの問題だから、考え方次第で治るはず」「脳の病気に違いないから、薬がすべてを解決するはず」――精神疾患に関しては、しばしばこうした極端な捉え方がなされることがあります。
しかし、現実には心理的な悩みだけでも、生物学的な機能障害(脳内の神経伝達物質の異常など)だけでも十分に説明がつかないケースが多々存在します。
そこで注目されるのが、「生物心理社会モデル(Bio-Psycho-Social Model)」です。これは生物学的要因・心理的要因・社会的要因の3つの視点を総合的に捉え、複合的に理解・アプローチしていく考え方を指します。
本コラムでは、精神疾患を理解するうえで重要となる心理社会モデルの概要や具体的な要素、生活に支障が出るレベルの症状がある際に心療内科・精神科クリニックへの受診を検討する必要性について詳しく解説します。
また、患者さんが「自分のせいだ」と過度に自責的にならないよう、症状の“脱人格化”(患者さん自身の人格ではなく、脳や心理の仕組みとして理解する)を意識した視点も併せてご紹介します。
1. 精神疾患は「心理」「社会」「生物学」の3要素から見る
生物心理社会モデル(英語ではBio-Psycho-Social Model)は、生物学的・心理的・社会的な3つの要因が互いに影響を及ぼしあい、精神疾患の発症や経過を左右すると考える理論です。
単純に「気持ちの問題」だけを論じたり、「脳の問題」だけで片づけてしまうのではなく、人間を取り巻く多層的な要素を総合的に理解するのがポイントです。
- 生物学的要因: 脳内の神経伝達物質バランス、遺伝的素因、ホルモン異常、身体的な疾患など
- 心理的要因: 個人の性格、思考パターン、ストレスコーピング能力、トラウマ体験など
- 社会的要因: 家族関係、職場や学校の環境、経済状況、文化的背景、人間関係など
このモデルでは、どの要因が主というわけではなく、三者が絡み合って症状が現れることが多いと考えられます。
2. 心理的な悩みだけで説明つく?生物学的な機序が関与する場合も
「悩みが解決すれば治るはず」と考えてカウンセリングや認知行動療法に取り組んでも、思ったように症状が改善しないケースがあります。
これは、生物学的な機序――たとえば脳内ホルモンの不足やバランスの乱れなどが関与している可能性が高いからです。
逆に、脳や神経伝達物質の問題だけに注目して薬物療法のみを行っても、人間関係や環境ストレスが変わらないままでは症状が十分に改善しないこともあります。
そのため、心理カウンセリングや生活環境の調整、薬物療法を必要に応じて組み合わせる総合的なアプローチが重要となります。
3. 他の精神疾患と見分けるために:鑑別診断の重要性
強いストレスや悩みを抱えていると、「ただのストレス」「一時的な落ち込み」と考えがちですが、実際はうつ病や不安障害など他の精神疾患が隠れている場合もあります。
また、逆に一見パニック障害やうつ病に見える症状が、ホルモン異常(例:甲状腺機能低下症など)や更年期障害の一部として現れることも少なくありません。
症状が生活に支障が出るほど深刻になっている場合は、心療内科・精神科クリニックで正確な鑑別診断を受けることが重要です。
早期に専門家へ相談し、必要な治療やサポートを受けることで、改善のスピードが格段に上がります。
4. いつ相談すべき?生活に支障が出るレベルを目安に
「ストレスは誰にでもあるし、時間が解決してくれる」という考え方は一理ありますが、以下のように日常生活や社会生活に大きな影響が出始めたら、クリニック受診を検討する目安と考えてください:
- 仕事や家事、勉強が手につかない、ミスが急増する
- 対人関係の摩擦が増え、家庭や職場でトラブルを起こしがち
- 体の不調(不眠、胃痛、頭痛、めまいなど)が続いている
- 強い憂うつ感や不安感、意欲の著しい低下が数週間以上継続している
こうした状態が放置されると、うつ病や適応障害など、より深刻な精神疾患を引き起こすリスクも高まります。
「このままではやっていけない」と感じるほど生活に支障があるなら、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
5. 症状の脱人格化:あなたのせいではなく、脳・心理の仕組み
「自分の性格が弱いからこんな症状になるんだ」「努力不足だから病気になるんだ」という自責的な考え方を抱いてしまう方は少なくありません。
しかし、心理社会モデルの観点から見ると、脳やホルモン、性格特性、環境要因など、多くの要因が絡み合って症状が生じているわけです。
これは、患者さんの「努力不足」や「意志の弱さ」という単純な話ではありません。
いわば、脳や心理の“システム”が一時的に誤作動を起こしている状態と考え、「あなた自身のせいではなく、システムの問題」だととらえることが大切です。
これを「症状の脱人格化」と言い、自責の念を軽減させるためにも有効な視点です。
6. 心理社会モデルを踏まえたアプローチ:当院での支援
心理社会モデルを踏まえれば、生物学的(薬物療法や身体疾患の検査)だけでなく、心理的(カウンセリングや認知行動療法)や社会的(家族支援や職場環境調整)なアプローチが欠かせません。
当院では、
- 医師による診察: 症状の経過や身体面のチェック、必要に応じて血液検査や内科的診察
- カウンセリング: 認知行動療法(CBT)、対人関係療法などを通じ、思考や行動を調整
- 家族や職場への支援: 家族教室や産業医との連携など、患者さんの社会環境を含めたサポート
こうした包括的な治療により、症状の改善や再発予防を目指します。「どの要因が大きいのか」を明確にし、心理と生物学、社会の視点をバランスよく取り入れることが、大きな成果につながります。
7. まとめ:心理社会モデルで多角的に捉え、早めの相談を
心の不調は、心理的要因だけでも生物学的要因だけでも、完全には説明できないことが多いものです。
心理社会モデル(Bio-Psycho-Social Model)は、脳やホルモンなどの生物学的要因、ストレスコーピングや思考パターンなどの心理的要因、そして環境や家族・職場などの社会的要因を統合的に見ていく枠組みです。
もし生活に支障が出るレベルの症状――仕事や家事、人間関係がうまくいかないほどの状態――が続くなら、心療内科・精神科クリニックに相談するのがおすすめです。
「自分が弱いから」「努力不足」と自分を責める前に、脳や身体の仕組み、環境との相互作用を考慮してみましょう。
当院では、薬物療法だけでなくカウンセリングや家族支援を含む総合的な治療を行い、患者さんが「自分らしく」生活できるようサポートしています。一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。
多角的な視点を取り入れることで、きっと生きづらさの原因を見つけ、症状を改善する糸口が見えてくるはずです。