精神疾患における早期治療の重要性:生物心理社会的モデルから見る「考え方の偏り」と適応能力の固定化
【はじめに】
精神疾患に悩む方の中には、「少し休めば治る」「自分の気力でどうにかしよう」と考え、受診や治療を先延ばしにしてしまうケースが少なくありません。
しかし実際には、精神疾患が慢性化すると、考え方や行動パターンに偏りが生じ、それが適応能力の低下を固定化してしまう危険があります。
本コラムでは、生物心理社会的モデルという複合的な観点から、なぜ早期の治療開始が重要なのか、そして心理的な部分(考え方や思考の歪み)が固定化することのリスクについて解説していきます。
1. 生物心理社会的モデルとは?
精神疾患の背景には、遺伝や脳内神経伝達物質の異常などの生物学的要因だけでなく、ストレスコーピングや思考パターンといった心理的要因、さらには家族関係や職場・学校などの社会的要因が複雑に絡み合っているとされています。
これを総合的に捉えるのが「生物心理社会的モデル(Bio-Psycho-Social Model)」です。
このモデルによれば、精神疾患は単純に「脳の病気」とか「気の持ちよう」だけで片づけられず、多面的にアプローチすることが必要だと考えられています。
2. なぜ早期治療が重要なのか:心理的な部分の固着
多くの精神疾患では、身体的な要因やストレス環境とともに、考え方や感情の捉え方といった心理的な要因が症状を大きく左右します。
もし症状が強いまま放置されると、以下のような悪循環が生まれやすくなります。
- 思考の偏り・歪みが強まる:「自分はダメだ」「絶対に失敗する」など、極端な思い込みが固定化
- 適応能力の低下が持続:「何をしてもうまくいかない」「どうせ無理」と感じ、社会生活でチャレンジする意欲が失われる
- 人間関係や生活習慣が崩れ、さらにストレスが増大
- 症状が慢性化・固定化:「この状態が自分の当たり前」になり回復への意欲も薄れる
こうした心理的側面の固定化を防ぐためにも、なるべく早い段階で専門家の支援を受け、思考パターンの修正やストレスマネジメントを行うことが大切なのです。
3. 生物学的要因も無視できない:医師の診察が欠かせない理由
「考え方や気持ちの面だけが問題」と思い込み、「自分でなんとかする」と頑張りすぎる方もいますが、脳内ホルモンや神経伝達物質の異常など生物学的要因が大きく関わっている場合があります。
例えば、
- うつ病では、セロトニンやノルアドレナリンなどの不足が指摘される
- 不安障害では、GABAやセロトニンの働きが乱れることが多い
このようなケースでは抗うつ薬や抗不安薬の使用が効果的なことが多く、カウンセリングだけでは十分に改善しない可能性があります。
つまり、生物学的要因を評価し、必要に応じて薬物療法を行うためには、医師の診察が不可欠なのです。
4. 生活に支障が出るほどの症状が続くなら専門家に相談を
「生活に支障が出るレベル」とは、例えば以下のような状態を指します:
- 仕事や学業が手につかず、欠勤や成績不振が続いている
- 家事や育児をこなす気力がなく、日常生活が回らない
- 対人関係が悪化し、コミュニケーションを避けるようになった
- 身体症状(不眠、胃痛、頭痛など)が増え、病院を転々としている
こうした状態に陥っている場合、「自分が弱い」などと自責的になるのではなく、生物学的・心理的・社会的な要因が絡んでいる可能性を考えてください。
早めに心療内科・精神科クリニックへ相談することで、適切な診断や治療が受けられ、症状の長期化や再発を防ぐことに繋がります。
5. 患者さんの自責感を軽減する「脱人格化」の視点
精神疾患を抱える方の多くが、「こんな状態になったのは自分のせい」「自分はダメな人間」と自責的になり、ますます症状を悪化させてしまうことがあります。
しかし、生物心理社会的モデルから見ると、これは本人の意志や努力だけで回避できるものではありません。
「脳の働き」や「性格傾向」「環境からのストレス」が複合的に影響して症状が現れていると理解すれば、過度な自責感を少しでも和らげることができます。これを「症状の脱人格化」と呼びます。
つまり、「これは自分という人間の全てが悪いのではなく、今は脳や環境がこういう状態にある」と捉えることで、適切な治療やサポートを受ける一歩を踏み出しやすくなるのです。
6. 心理社会モデルを活かした治療:当院での取り組み
当院では、生物学的要因(薬物療法や身体検査など)だけでなく、心理的サポート(カウンセリング・認知行動療法など)や社会的サポート(家族指導や休職・復職支援)を含む、総合的なアプローチを重視しています。
以下のようなステップで患者さんを支援します:
- 診察・検査: 血液検査や画像診断、心理評価を行い、身体疾患の可能性を除外しながら症状を評価
- 治療方針の決定: 症状や生活環境を踏まえ、薬物療法・カウンセリング・社会資源活用などを組み合わせた最適なプランを提案
- 定期的なフォローアップ: 症状の変化や副作用、生活環境を継続的に観察し、必要に応じて治療方針を修正
- 再発防止: 退院・職場復帰・日常生活への復帰を見据え、ストレスマネジメントや自己理解を支援
このように、心理社会モデルを踏まえた多角的なサポートにより、患者さんが自分の症状を受け入れ、自責感を和らげながら、社会生活での復調を図っていきます。
7. まとめ:早期の受診と「自分のせいじゃない」視点が大切
精神疾患は、生物学的要因、心理的要因、社会的要因のどれか一つだけではなく、複合的に作用して発症・進行するのが一般的です。
そのため、心理的な悩みか生物学的な機能障害かで二分して考えるのではなく、総合的な評価と治療が必要となります。
生活に支障が出るほどの症状が続くのであれば、「ただのストレス」「自分の性格のせい」と我慢せず、心療内科・精神科クリニックへ早めに相談しましょう。
その際、「すべて自分が悪い」と自分を責めるよりも、脳や心理の働き、環境が絡み合って症状が起きていると捉えることが大切です。
当院では、心理社会モデルの視点を踏まえた薬物療法やカウンセリング、生活支援を通じて、患者さんが自責感から解放され、より自分らしい生活を送れるようサポートしています。
一人で抱え込まず、まずはお気軽にご相談ください。
「これは自分のせいではなく、脳や環境の仕組みが絡んだ症状だ」という視点を持つことで、回復への道は確実に近づきます。