転移による相手への嫌悪感に家族・支援者が同調したとき起こりうること:より良い関わり方を考える
【はじめに】
精神科・心療内科の領域では、患者さんが転移によって特定の相手に強い嫌悪感を抱くケースがよく見受けられます。
転移とは、過去の重要な人間関係で形成された感情を、現在の相手に無意識に投影してしまうことです。
このとき、家族や支援者が患者さんの嫌悪感に同調しすぎると、問題が深刻化したり、関係性がさらに複雑化してしまう場合があります。
本コラムでは、転移による嫌悪感が生じる背景や、家族・支援者が同調した際に起こりうるリスク、そしてどう振る舞うことが望ましいのかを考察します。
目次
- 1. 転移による「相手への嫌悪感」とは?
- 2. なぜ家族・支援者の同調が起きるのか
- 3. 嫌悪感に同調することで起こりうるリスク
- 4. 家族・支援者としての望ましい関わり方
- 5. 困難を感じたら専門家へ相談を
- 6. まとめ:冷静な視点を保ちつつ寄り添う
1. 転移による「相手への嫌悪感」とは?
転移とは、過去の対人関係(たとえば親や兄弟、教師など)で形成された感情を、無意識に現在の相手に投影することです。
その結果、患者さんが特定の相手(医師やセラピスト、職場の上司、家族の一員など)に対して、説明がつかない強い嫌悪感を抱くケースが生じます。
例えば、過去に厳しかった親への恐怖や怒りを、現在の医師や支援者に無意識に向けてしまうなど、「この人も自分を否定する存在だ」と感じやすくなることがあります。
2. なぜ家族・支援者の同調が起きるのか
患者さんが抱える嫌悪感や被害感情は、時に非常に訴求力が強く、家族や支援者も「その相手は本当に良くない人なのでは?」と感じてしまうことがあります。
- 患者さんの感情表現が激しかったり、詳細なエピソードを聞くと、同情や憤りを誘われる
- 転移を理解していないと、「たしかに嫌な相手だ」と安易に結論づける
- 家族の愛情や支援者の善意ゆえに、患者さんの味方でありたいという気持ちが働く
こうして、家族や支援者が患者さんの嫌悪感に強く同調し、「あの人は悪い」「そこはダメ」という対立構造を作り出してしまうケースがあるのです。
3. 嫌悪感に同調することで起こりうるリスク
患者さんの嫌悪感に家族や支援者が同調しすぎると、以下のようなリスクや弊害が生じやすくなります。
- 問題の真の原因が見えなくなる: 転移の無意識的要因を考えずに、「相手が全面的に悪い」と決めつける
- 対立が深まる: 「あの人は悪い」という認識で周囲が固まると、コミュニケーションの改善が困難に
- 依存や被害意識が強化: 患者さんが自分の感情の背景を見直す機会を失い、ますます依存的または被害的に考える
- 家族や支援者の負担増: 「一緒に怒る」姿勢を続けることで、家族や支援者も精神的に疲弊
4. 家族・支援者としての望ましい関わり方
「患者さんの感情を否定せず寄り添いながらも、むやみに同調しすぎない」というバランスが大切です。具体的には:
- ①感情を認める
「そんなに辛かったんだね」「本当に嫌なんだね」と、相手の感情自体は否定しない。 - ②原因を一方的に外部に求めすぎない
「相手が悪い」だけで終わらず、「何か自分の過去の体験が関連していないか?」などの視点を促す。 - ③客観視や情報整理を手伝う
「具体的にいつ、どんな場面で嫌だと感じる?」と整理し、本人が冷静に向き合えるようサポート。 - ④専門家との連携を勧める
転移が強い場合はカウンセリングや力動的アプローチが有効。必要なら心療内科への受診をサポート。
5. 困ったら専門家や家族のサポートを
もし嫌悪感や対人トラブルが深刻化しているなら、専門家の力を借りることも大切です。
- 心療内科・精神科: 転移や防衛規制を含む心理的背景を評価し、適切な治療やカウンセリングを提供
- 家族教室や支援者向けプログラム: 家族同士が経験を共有し、対人ストレスや心理療法の知識を得る機会
- カウンセリング: 患者さんだけでなく、家族や支援者自身が客観的視点を得る場としても利用可能
6. まとめ:転移を理解し、より良い人間関係を築く
転移による嫌悪感は、患者さんにとっても家族・支援者にとっても、無意識のうちに関係をこじれさせる要因となりがちです。
しかし、嫌悪感に安易に同調してしまうと、問題の真因や改善の糸口が見えにくくなり、ストレスを増幅させる可能性があります。
「なぜこう感じるのだろう?」と客観視を試みることや、家族・支援者が冷静な視点を維持しつつ感情を受け止めることが、より良い対人関係と治療の基盤を築く一歩です。
当院では、力動的アプローチを含む心理療法にも対応しておりますので、同調しすぎて家族が疲弊している場合や、本人が苦しみを強く感じているときには、ぜひお気軽にご相談ください。