うつ病とは
うつ病は、気分が持続的に落ち込み、興味や喜びを感じられない状態が特徴の精神疾患です。主な症状には、無気力、疲労感、睡眠障害、食欲の変化などがあり、これらは身体的な症状としてもあらわれることがあります。うつ病は「大うつ病性障害」として分類され、気分障害の一種です。
脳内の神経伝達物質(特にセロトニンやノルアドレナリン)のバランスが崩れることによって引き起こされると考えられています。ストレスフルな環境や人間関係の問題、身体的な健康問題などが発症の引き金になることも多いです。単発的なエピソードとしてあらわれることもあれば、再発する場合もあります。
治療方法には、抗うつ薬や心理療法があり、患者さんの状態に応じて適切なものをご提案します。適切な治療を受けず放置していると、日常生活に深刻な支障をきたすことがあります。日本では約6.7%の人が生涯でうつ病を経験するとされ、決して珍しい病気ではありません。
うつ病と適応障害の違い
項目 | うつ病 | 適応障害 |
---|---|---|
原因 | 明確な原因がない場合も多い | 明確なストレス要因が存在 |
症状の持続期間 | 長期間にわたって続く | ストレス要因から離れると改善 |
治療法 | 薬物療法と心理療法 | 環境調整とカウンセリングが中心 |
再発の可能性 | 比較的高い | 比較的低い |
うつ病と躁うつ病(双極性障害)
項目 | うつ病 | 躁うつ病(双極性障害) |
---|---|---|
症状のパターン | 抑うつ状態が持続的に続く | 抑うつ状態と躁状態を周期的に繰り返す |
治療法の違い | 抗うつ薬や心理療法(認知行動療法など)が主な治療法 | 気分安定薬(リチウムなど)や抗精神病薬を使用し、抗うつ薬の使用は慎重に行う |
診断の難しさ | ー | 双極性うつ病の場合、初めてのエピソードがうつ状態であることが多く、うつ病と誤診されることがある。 ※詳細な病歴などの問診が必要 |
うつ病の原因
うつ病の原因は多岐にわたり、それぞれが複雑に絡み合うことで発症すると考えられています。以下、うつ病の原因として考えられることを大きく分けたもの、ご紹介します。
環境要因
うつ病の発症において、環境要因は非常に重要な役割を果たします。主な要因としては、ストレスが挙げられます。ストレスの原因には、親しい人との死別や離別、仕事や家庭でのトラブル、人間関係の問題、役割の変化、生活環境の変化、経済的困窮などがあります。ストレスは、人によって同じ状況でも感じ方が異なるため、ストレスへの耐性も考慮する必要があります。特に、大切な人を失うことは深い悲しみを伴い、うつ病を引き起こすリスクが高まります。また、慢性的なストレスが蓄積することで心の健康が損なわれ、うつ病が発症することもあります。
身体的要因
身体的要因も、うつ病の発症に影響します。慢性的な疲労や脳血管障害やパーキンソン病のような脳・神経疾患、がんや甲状腺機能異常のような身体疾患、月経前や出産後、更年期といったホルモンバランスの変化、およびステロイドや経口避妊薬のような特定の薬剤の副作用などが挙げられます。また、身体的疾患と精神的健康は密接に関連しており、一方が悪化するともう一方にも悪影響を及ぼすことがあります。
脳内の神経伝達物質
うつ病は脳内の神経伝達物質の不均衡によっても引き起こされます。特に重要なのはセロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなどです。これらの神経伝達物質は感情や気分を調整する役割を果たしており、そのレベルが低下すると憂うつ感や無気力感が生じます。例えば、セロトニンは気分を安定させるために必要不可欠であり、その不足はうつ病の主要な原因とされています。治療にはこれらの神経伝達物質を増加させる薬剤(SSRIなど)が用います。
遺伝的要因
家族にうつ病罹患者がいる場合、そのリスクが高まることが知られています。ただし、遺伝はあくまでリスク要因であり、必ずしも発症するわけではありません。遺伝的素因と環境要因が相互作用することで、うつ病の発症リスクが増加することがあります。また、性格特性(メランコリー親和型)も影響を与える可能性があります。このように、多くの要因が複雑に絡み合ってうつ病を引き起こすため、それぞれの要因を理解することが重要です。
うつ病は遺伝する?
うつ病は遺伝的要因があるとされており、遺伝率は約30%から50%と考えられています。特に、一卵性双生児の一方がうつ病を発症した場合、もう一方も発症する確率は約30%とされています。これは、環境要因が大きな影響を持つことを示唆しています。
うつ病の遺伝的要因は、躁うつ病(双極性障害)よりも低いとされており、躁うつ病では一卵性双生児の一致率が80%に達するのに対し、うつ病はそれに比べて一致率が低いです。これは、うつ病がより環境的なストレスや経験に影響されやすいことを意味します。
さらに、最近の研究では、特定の遺伝子や染色体(2番染色体)がうつ病と関連している可能性が示唆されていますが、その詳細なメカニズムはまだ解明されていません。また、ストレス耐性などの個人差も遺伝的要因に関連していると考えられています。すなわち、うつ病は遺伝と環境の相互作用によって発症する多因子疾患であると考えられます。
うつ病のセルフチェック
(初期症状)
うつ病になると、感情や行動、身体にさまざまな影響を及ぼします。以下のような症状がみられましたら、早めに当クリニックまでご相談ください。
精神面の症状
- 注意を維持できず、物事に取り込むことが困難になる
- 常に憂うつな気持ちになる(気分が晴れない)
- 自分には価値がないと感じることが多くなる
- 小さなことで不安になり、イライラしやすくなる
- 自分が悪いと感じることが増える
- 死にたいという考えが頭をよぎることがある
など
身体的な症状
- 寝つきが悪い
- 途中で目が覚める
- 体がだるく、疲れやすいと感じる
- 性的な興味や欲求が低下する
- 頭が重く感じる
- 頭が痛い
- 下痢や便秘など腸の調子が悪い
- 四肢にしびれを感じる
- 胸部に不快感や圧迫感がある
- めまいやふらつきがある
など
セルフチェックの方法:早めに気づくポイント
「うつ病の可能性があるのか、自分で確かめたい」と思う方も多いでしょう。
以下のようなセルフチェックの方法を取り入れてみてください。
日記・メモで気分の変化を記録する
まず、「毎日どんな気分だったか」を簡単にメモしてみましょう。
「今日は気分が5段階中2くらい」「朝は3、夜は1」といった具合に、数値や一言で表すだけでも構いません。
数日~数週間のスパンで見返すと、自分の気分の波や落ち込みがいつから始まったのか、どの程度続いているのかが把握しやすくなります。
オンラインのセルフチェックツール
インターネット上には、うつ病のセルフチェックを簡単にできるツールやアンケートが多数公開されています。
例えば、PHQ-9(Patient Health Questionnaire-9)と呼ばれるうつ病評価用の簡易質問票があります。
ただし、こうしたツールはあくまで参考程度であり、正式な診断には医師の判断が必要です。
「スクリーニング」として利用し、結果が思わしくない場合は早めに医療機関に相談しましょう。
身近な人の声に耳を傾ける
うつ病の初期段階では、本人よりも周囲が先に気づくケースも多いものです。
「最近元気がないけど大丈夫?」「何かあったの?」と声をかけられた場合は、自分の状態を客観視するチャンスです。
恥ずかしさやプライドで無視せず、「確かに最近、落ち込みが激しいかも」と感じたら、一度セルフチェックをしてみましょう。
自分の「楽しめること」を探してみる
以前は楽しめた趣味や活動が「まったく楽しくない」「やる気が出ない」と感じるのは、うつ病の代表的なサインの一つ。
もし「とりあえずやってみよう」と思っても全く楽しめない、またはそもそも「手に取る気力すらない」ほど意欲が湧かないのであれば、早めに専門家に相談したほうが良い可能性があります。
うつ病の検査・診断
うつ病の検査としては、医師による問診・診察のほか、光トポグラフィー検査や血液検査、心理検査、CT、MRI、脳波検査などがあります。光トポグラフィー検査では、脳の血流を測定し、うつ病のほか、躁うつ病(双極性障害)、統合失調症などの可能性を評価します。血液検査では、PEA濃度や甲状腺機能を調べ、心理検査では知能検査や人格検査などを行います。なお、光トポグラフィー検査やCT、MRI、脳波検査が必要な場合は、連携する医療機関をご紹介します。
うつ病の診断は、医師による問診の他、心理検査、血液検査などを行い、以下のような診断基準をもとに判断します。
DSM-5による基準
アメリカ精神医学会が発表した「DSM-5」では、うつ病は「抑うつ障害群」の一部として分類され、「大うつ病性障害」と呼ばれています。診断には以下の条件が必要です。
- 5つ以上の症状が2週間以上継続すること。
- その症状には、以下のようなものが含まれます。
- 抑うつ気分
- 興味や喜びの喪失
- 体重の有意な変化
(増加または減少) - 不眠または過眠
- 疲労感や気力の減退
- 無価値感や過剰な罪悪感
- 思考力や集中力の低下
- 死にたいという考え(希死念慮)
うつ病の治療法
うつ病の治療は多岐にわたり、主に休養、薬物療法、心理療法が中心となります。以下にそれぞれの治療方法について詳しく説明します。
休養
うつ病は脳のエネルギー欠乏によって引き起こされるため、十分な休息が重要です。通常の睡眠時間を維持し、ストレスの少ない環境を整えましょう。特に、昼寝や就寝前の飲酒、大量のカフェイン摂取など、睡眠衛生に悪影響を及ぼす行動を避けることが必要です。
薬物療法
うつ病治療の基本となるのは抗うつ薬です。抗うつ薬は、脳内の神経伝達物質(セロトニンやノルアドレナリンなど)のバランスを調整し、うつ症状を改善するために使用されます。これにより、気分の落ち込みや意欲低下、睡眠障害などの症状が緩和され、生活の質が向上します。
抗うつ薬には、以下の種類があります。
SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)
セロトニンの再取り込みを阻害し、脳内のセロトニン濃度を高めます。
SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)
セロトニンとノルアドレナリンの両方を増加させる働きがあります。
NaSSA(ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬)
セロトニンとノルアドレナリンの放出を促進します。
抗うつ薬だけでは効果が不十分な場合、増強療法として非定型抗精神病薬などが追加されることがあります。
心理療法
心理的なサポートも重要で、以下のような方法があります。
認知行動療法
自己否定的な思考を修正し、活動性を高めることを目指します。当クリニックでも、経験豊富な臨床心理士/公認心理師が認知行動療法を行っています。必要に応じてご案内いたします。
対人関係療法
対人関係療法は、うつ病や気分障害の治療に用いられます。人間関係の問題が症状に与える影響を理解し、解決を目指します。治療は、悲哀、対人関係上の不和、役割の変化、対人関係の欠如の4つのテーマから選ばれ、重要な他者との関係性に焦点を当てます。患者さんが感情を表現し、対人関係の課題を具体的に分析し、最終的に患者さんがご自身で対人関係を改善し、自己肯定感を高められるようにしていきます。
運動療法
うつ病治療において運動療法の有効性を示す研究は年々増加しています。たとえば、2020年代に入ってから発表された複数のシステマティックレビューやメタアナリシスでは、適度な強度(中~高強度)の運動を週に複数回行うと、うつ症状が中程度に改善する可能性が示唆されています。
運動は身体だけでなく精神面にも大きな影響を及ぼします。適度な運動は脳内のセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の分泌を促進し、気分の改善やストレスの軽減に寄与します。また、運動は睡眠の質を向上させ、生活リズムを整える効果も期待できます。
複数の研究により、定期的な運動がうつ病の症状を軽減する効果が示されています。例えば、有酸素運動を週に3回以上行うことで、うつ病の症状が有意に改善したという報告があります。これらの効果は薬物療法と同等の効果を持つ場合もあるとされています。
運動とメンタルヘルス
運動がうつ病症状を緩和する背景には、複数の生理学的・心理学的メカニズムが関与していると考えられています。
神経伝達物質の増加
運動によってセロトニンやドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の分泌が促され、気分を安定させる効果が期待されます。
BDNF(脳由来神経栄養因子)の上昇
運動によるBDNFの増加は、神経可塑性の向上や新生ニューロンの促進に寄与し、うつ病の病態改善と関連している可能性があります。
ストレス反応の抑制
運動習慣がある人は、副交感神経の働きが改善し、ストレスホルモン(コルチゾール)を調整しやすいとする報告もあります。
心理的側面(自己効力感の向上など)
運動の継続によって得られる達成感や自己効力感が、自己肯定感の向上につながり、メンタル面の安定を助けると考えられています。
運動の時間と強度について
最新の研究では、運動の時間と強度が症状改善に重要であることが示唆されています。
適切な運動時間
- 週に合計150分以上:1回あたり30分の運動を週に5回行うことが推奨されます。
- 継続期間:効果を最大化するためには、少なくとも12週間以上の継続が望ましいとされています。
運動の強度
- 中等度の強度:1回あたり30分の運動を週に5回行うことが推奨されます。
- 継続期間:効果を最大化するためには、少なくとも12週間以上の継続が望ましいとされています。
科学的根拠
2021年のメタアナリシスでは、中等度の有酸素運動を週に合計150分以上行うことで、うつ病の症状が有意に改善したと報告されています。また、個人の体力や好みに合わせて運動の種類や強度を調整することが重要であるとされています。
参考文献
- Schuch, F. B., Vancampfort, D., Firth, J., et al. (2018). “Physical Activity and Incident Depression: A Meta-Analysis of Prospective Cohort Studies.” American Journal of Psychiatry, 175(7), 631-648.
- Kvam, S., Kleppe, C. L., Nordhus, I. H., & Hovland, A. (2016). “Exercise as a Treatment for Depression: A Meta-Analysis.” Journal of Affective Disorders, 202, 67-86.
おすすめの運動種類
ウォーキング
初心者でも始めやすいウォーキングは、心肺機能の向上やストレス軽減に効果的です。自然の中を歩くことでリフレッシュ効果も高まります。
ジョギング
適度なペースでのジョギングは、エンドルフィンの分泌を促し、気分の向上につながります。自分のペースで無理なく行うことが大切です。
ヨガ・ストレッチ
ヨガやストレッチは心身のリラックス効果が高く、精神的な安定に寄与します。深い呼吸と組み合わせることでさらなる効果が期待できます。
運動を始める際の注意点
- 無理をしない:体調に合わせて無理のない範囲で行いましょう。
- 専門家に相談:医師やトレーナーに相談し、自分に適した運動方法を選びましょう。
- 継続すること:効果を実感するためには継続が重要です。
実践のポイント
- 段階的に始める:最初は10分程度のウォーキングから始め、徐々に時間と強度を増やしましょう。
- 多様な運動を取り入れる:有酸素運動だけでなく、筋力トレーニングやヨガも組み合わせると効果的です。
- モチベーションの維持:音楽を聴きながら行う、友人と一緒に始めるなど工夫して継続しましょう。
周囲のサポートと医療機関への相談
家族や友人への相談
うつのサインを感じたら、一人で抱え込まないことが大切です。
家族や友人に自分の気持ちを打ち明けるだけでも、気持ちが軽くなる場合があります。
「自分がうつ病だと思う」など具体的に言いにくい場合でも、「最近とても気分が落ち込む」「疲れて何もしたくない」など、ありのままの状態を伝えてみましょう。
周囲の人はどう声をかけていいかわからないこともありますが、相談を受けることでサポートを考えるきっかけになるかもしれません。
専門家への相談の目安
「自分で試行錯誤したけど改善しない」「症状が数週間以上続き、日常生活に支障が出ている」という場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
うつ病の診断や治療は、精神科や心療内科で行うのが一般的です。
以下のような状態に当てはまる場合は、受診のタイミングと考えてよいでしょう:
- 朝起きられない・日常生活が困難になってきた
- 仕事や学業に著しく支障をきたしている
- 食欲が極端に落ち、体重が急激に減少している
- 物事にまったく興味を持てず、何をやっても楽しくない
- 死にたいと思うことがある、もしくは希死念慮が強い
受診することで、薬物療法やカウンセリング(認知行動療法など)、必要に応じた休養(休職・休学)の検討など、適切なサポートと治療を受けられる可能性が高まります。
休む勇気を持つ
うつ病は、適度な休養と環境調整が重要な治療の一部となる場合があります。
無理して働き続けたり、勉強を続けたりすると、さらに状態が悪化してしまうことも少なくありません。
医師やカウンセラーと相談しながら、必要であれば休職・休学などの制度を利用することも検討してみてください。
周囲からは「甘え」と捉えられるのでは?と不安になるかもしれませんが、まずは自分の健康を最優先に考えることが大切です。
難治性うつ病への対応
標準的な治療に反応しない難治性うつ病の場合、電気けいれん療法(ECT)などの特殊な治療を検討します。当クリニックでは、電気けいれん療法に対応していませんので、必要に応じて医療機関をご紹介いたします。また、当クリニックでは、入院施設を有していないため、うつ病の重症度、治療の困難さに応じて、連携する医療機関をご紹介させていただきます。